Life of Brepanian child
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発掘
久々にミクシィに行ってみて、
自分にはブログがあったんだということに気づき
どれどれどんな感じだったんだっけ?と自分の古い日記を読み返すようにブログを読んでいて
あらあら昔は青かったね自分。
とか最初はへらへら読んでいたのだけど
でも実はそんなに達観できるほどの昔じゃないので当時の感情もちょっと蒸し返しちゃったり。

ブログの端のリンクにあった自分の猫のブログを見つけて
そういえば、遠くにいてもはんた(猫の名前)の様子がわかるようにと
母が写メールで時々更新してくれていたっけ。
でももう母はいない。
だからもう更新は随分されていなくて
最後の更新の日付をみたら2009年12月26日だった。
あの頃から徐々に彼女は癌との戦いを始めていたんだ。
そんなことに今頃気づいた。
そしたらちょっと泣いてしまった。



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Lost & ?
Never knew the significance of what's been lost.

Don't want to make same mistakes anymore.

Is it me who lost something or is it me who is lost?



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微妙な気持ち
 昨日、片付け物をしたり色々とした事務手続きのために書類を捜したりしていたら
ケンブリッジにいた時にもらった手紙やカードを見つけた。
私が園を辞める時に子ども達が一生懸命書いてくれたものや
父兄の人たちからの感謝のカードだった。

うちの子の面倒を見てくれてありがとう。
毎日園に楽しそうに出かけていくから
うちの子はいい先生に恵まれたなぁと思っていたのに
園を辞めてしまうと聞いてとても残念です。
でもあなたならきっとどこに行っても大丈夫。
新しい場所でもお仕事頑張ってね。

などなど、
優しいメッセージが沢山。
最初は差別気味だった父兄の人たちも
やめる頃にはすっかり打ち解けて色々話せるようになっていた。
惜しまれて辞めることができてよかった…というかホッとした。

ケンブリッジに住んでいたときのことが
本当にもうずっと遥か昔のことのように思えた。
実際もう(やっと?)1年以上経とうとしているというのがちょっとショックだった。


何というかケンブリッジにいた頃はイギリスの悪いところばかり見えて
嫌で嫌で仕方がなかったけど
今思うと、どうしてあそこまでいやーな気持ちになっていたのか分からない。
いつもその場所を離れてから
あそこは実はそこまで悪いところでもなかったって思うことが
これまでの人生でも何度もあって
いつもその度に
そこに住んでいる瞬間、その場にいることをきちんと喜べるようにならないとなぁと
何度も思ってきたのに
三十路になってもまだ同じことをやっている私は
やっぱりまだまだだなぁと
自分のダメさにちょっとションボリしてしまう。





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誓いの言葉 (Broken vow of love)
2006年8月12日に私はあることを誓ったはずだったんだけど
その誓いは約2年半で破棄してしまうことになった。

誓った時は本当の本当に本気だったのに
いつからか何かがずれてっていたんだな。

そこは場所がイタリアのローマだったから
誓いますかってイタリア語で聞かれて
私はSi.(はい。)って答えた。

相手の人は
誓いますかって聞かれて
Certo.(もちろん、当たり前だよ。)
って答えてた。

もう昔のことだけど
あの人はそういう風に思ってくれてたんだなぁと
さっきテレビでやっていたウェディング特集みたいなのを見てて
ふと思い出した。


離れる時の辛さはとても似ているけれど
愛着と愛情は似て非なるものだから間違えたくなかった。
一緒にいて二人とも不幸せより
一緒じゃなくっても二人が幸せなほうが良いと思った。


誓いを破るのって
約束を守れなかったみたいで
なんとなく自分ってダメ人間なのかなぁって
考えてしまうことがしばらくあった。
でもあの誓いは二人が幸せになるために結ばれたものだったはず。
だから、逆に、例えあの誓いが破れたって
二人とも幸せになる道があればそれでいいんだと思うことにした。


早く彼が過去を解き放っていい人を見つけて幸せになってくれるといいな
なんて、彼に言わせればすごく都合のいいことを思っている。

相変わらず、自分ってなんて自己中なんだろうと真夜中に自己嫌悪。



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もりぞうときっころ (Aichi World Expo)
090501_1829~01.jpg
行ったなあ。
もう4年も前なんだ。

実家の箪笥や押入れを色々と整理したり、片付けたりしていたら
出てきた。
愛地球博の時の入場券。
楽しかった。
でも、今見るとちょっと切ない。

あの頃は4年後に何が起こるのかなんて想像もできなかったからね。
というか、1年後にどうなるのかも全然予想不可能だったっけ。
それは、今だってあまり変わっていないけど。


I can't believe it's already been 4 years!!
This is a ticket of Aichi World Expo.
The yellowish green creature on the left is "Kikkoro" and the green one on the right is "Morizou".
They are both spirits of all the forests.

I remember it was such a good fun to go there,
but now when I look at it,
it makes me a bit sad for some reason.

Nobody knew what would happen to me in 4 years time at that time.
I didn't even know what was going to happen in much nearer future.
Nothing is the same, everything is changing constantly...
The only thing that remains the same is the fact that I still don't know what is really going to happen in my future, in my life.
There are so many wishes and hopes.
Sometimes they all seem possible, sometimes totally the opposite.



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おばあちゃんと白ワニ(My granny and white crocodile)
幼稚園の頃から持っていたぬいぐるみを未だに持っている。
白いワニのぬいぐるみ。

記憶が確かではないのだけど
母が弟を産むためにしばらく病院にいた時に
私が寂しがらないようにと
父方の祖母に伊豆熱川ワニ園に連れて行ってもらった際に
ねだって買ってもらったものだったと思う。

私と祖母は仲が良くも悪くもなく
こういっては難だけど、どちらかというとどうでもいい間柄だった。

祖母はかなり年がいってからもお出かけするのが大好きで
よく同じ世代の友達と温泉旅行などに出かけて行って
それ以外の時は家に隣接していた美容室で働いていた忙しい人だった。
それだけでなく、実はある種の宗教にも傾倒していて
せっかく美容室で稼いだお金もかなりの額をお布施したり
宗教の集まりのためだと言ってはいつも何かをせわしなくしていた。

そんな人だったから
彼女には家族と過ごす時間はあまりなく
朝晩ご飯を一緒に食べるのがせいぜいだった。
私は彼女に
「たまにはおばあちゃんらしく、
時間を割いて私のことを構って(甘えさせて)欲しい。」
と文句を言ったことすらある気がする。
小さいくせにかなり生意気なことを言う小娘だった私。

何回かそんな文句を幼いながらに言っても
彼女は一向に私を構う気はないらしく
もう言うだけ無駄だと悟った私は
「彼女は彼女、私は私。
友達のおばあちゃんには優しくていつも構ってくれる人もいるけど
おばあちゃんにもいろいろあるんだ…。
例えおばあちゃんであっても、
彼女もきっとやりたいことがたくさんあるんだろうし
私も彼女と関わる以外の方法で楽しいことを見つけたほうが早い。」
と割り切るようになった。

そうやって割り切った後に
彼女にワニ園に誘われ
その時は正直に言って
おやおや?一体どういう風の吹き回しだろう?
と、不思議に思いながらもワニ園をひとしきり楽しんだ気がする。

その時、多分彼女といっぱい話ししたはずなのに
何一つ彼女と話した内容は思い出せない。

思い出せるのは私が白いワニのぬいぐるみをねだった時に
比較的すんなりと祖母がそれを購入してくれたこと。
そして、帰りの電車の乗換えの時に
私がワニを電車とホームの間に落としそうになったこと。
その直後に見た彼女の心配そうな顔。


そんな彼女も去年の1月に亡くなった。
痴呆症にかかっていたから
もう彼女はそんなに先が長くないということはわかっていた。
だからかもしれないけど
肉親が亡くなったというのにあまり悲しくなくて
自分ってなんてひどい人間なんだろう、と嫌な気持ちになった。

両親が
祖母がまだ生きていた時に彼女の面倒を見るために
伊豆の父方の実家に行ったことがあったのだが
その時に私が東京の実家に置いてきた猫を一緒に祖母の家に連れて行った。
母がどんなに
「この猫はね、大学の時にひとみが道で拾ってきた猫なんですよ。
名前はね、はんたっていうんですよ。」
と、何度も言っても
彼女は絶対にはんたと呼ばずに
「みーちゃん。」と呼び続けたという話を聞いて
いい話だなぁ、それにしてもやっぱり人の話を聞かず
自分の道を行くのは変わらないなぁ、なんて関心してしまった。


大学の時に1人暮らしをした時も
何故か母に持たされてその時の彼には呆れられながらも
実は一緒にアパート暮らしもして
その後東京の実家に帰り
今度はイギリス・ケンブリッジに一緒にお引越しをして
今はフランス・アビニョンにいる私の白いワニ。
すごい旅しているね、何気に。

私がアビニョンにいない間もハドリアンが面倒を見てくれているらしく
この前の2月終わりの謝肉祭の時には
白ワニはモンペリエまでハドリアンと一緒に行って
謝肉祭のパレードに参加したそうな。

私ですら経験したことないことを経験できるようになっちゃったのか、白ワニ。

そしてふと気付けば
こんなに長い付き合いなのに実は名前をつけていなかった。
でもずっと白ワニと呼んで来たからなぁ。


「ぬいぐるみなんかを未だに持っているなんて、子どもっぽい。」
みたいなことを
高校終わりから大学に入学してしばらくまで付き合っていた彼に
それとなく言われたことがあった。
自分も心のどこかで同じように思っていたので
何となく居心地の悪い思いをしたのを覚えている。

でも今日、ハドリアンのグーグルリーダーで共有ファイルとしてアップされた
このカルバンとホッブズのシーンを見て
やっぱりずっと持っていて良かった、と思えた。

しかし、いつの間にこんなに未来の子どものことを考える年になったんだろう。
いい意味で年を取ったということにしておきたい…。

いつか自分にも子どもができたら、この白ワニをあげよう。
そして祖母の話をしてあげよう。


*付録*
本物の白いワニと私の白いワニ



I have a soft toy.
I had it since I was 5 years old.
It's a white crocodile soft toy.

I was taken to the Aligator & Crocodile farm in Atagawa, Izu, when my mother was staying at a hospital when her due date was close to deliver my brother.
It was planned by my parents and my granny to let me have some fun while I was away from my mother.
And this crocodile soft toy was bought by my granny at that time.

I had a very strange relationship with my granny.
I wasn't that close but then at the same time it wasn't that awkward to be with her either.
We had a very neutral, dry relationship.

She was quite an active person despite her age and often went out with her friends to go to Onsen (Japanese hot spa) trips.
Apart from the time she was travelling, she was working at her hair salon right next to our house all the time.
Additionally, she was also quite into a dubious religion that she spent most of her money she earned on that and often went out to do some kind of volunteer work for that specific religion to show her faithfulness.

So she was quite busy and didn't have much time to spend with her family, for example, me.
We usually had breakfast and dinner together, but that was it.
Once I even told her.
"You should behave more like a grandmother and spend more time with me."
What an impertinent child I was...

After several times of this kind of request, I realized nothing was going to change and she would remain the way she was.
So I told myself.
"There are many kinds of grandmother. Some of my friends grannies are nice and they let my friends spoil, sometimes they even spoil me. But not this one I've got for myself.
She obviously has lots of things she wants to spend her time on, and so do I.
I shouldn't waste anymore time on waiting for her to come to me.
It's much better and faster I look for something fun by myself."

But then after this realization, I was told that my granny was going to take me to this Aligator & Crocodile farm.
So I thought, what is happening here...?
Anyway, I thought I should enjoy myself since this was indeed a very rare occasion, let me make the most of it.

I must have talked a lot with her on that day.
But I can remember nothing about any of our conversations that must have happened during that time there.

The things I remember are...
When I asked her to buy the crocodile soft toy, she didn't argue at all and bought it for me, just like that. (I thought I had to fight for it.)
On the way back, when we were changing the train, I almost dropped the soft toy on the railway and she showed me an unforgettable face expression right after that incidence.


She died January 2008.
She had dementia so everybody sort of knew, she was not going to last very long.
Maybe that was why I was ready to accept her death, and maybe that was why I was not that sad when I heard the news.
But it made me feel horrible that I was such a cold person I was not that sad when one of my close relatives died.
Probably I am a cold person after all.
Who knows...?


My parents went to her house when she was still alive but already had dementia,
they brought my cat with them since there was no one to look after him at home in Tokyo.
My mother explained to my granny
"This is a cat that Hitomi brought from street when he was a kitten. He was a stray cat and his name is 'Hanta'."
No matter how many times she explained to her it is "Hanta" my granny insisted calling him "Mi-chan". (Which is a name that can be used for any cat. "Mi-" is a sound of a cat meowing, and "chan" is a kind of suffix that shows the relationship with the person of the name close to the person who is calling.)
This story made me feel, after all, until the end she really was herself.
She always did what she wanted and dementia didn't change her much, in a way.


When I was living alone during my university period, for some reason my mother insisted me to keep the soft toy with me, so I had it at my apartment.
My boyfriend at that time was quite surprised that I had such a thing with me when I was already around my 20s.
Then after the university, the crocodile came back to Tokyo with me, came to Cambridge, England, lived there 3 and a half year.
Now he is in Avignon, France.
For a soft toy, I think he travelled quite a lot.

After I came to London this time for my teaching practice, the crocodile went to Montpellier with Hadrien for attending the parade of Carnival.
That means he even started to travel without me...
He has seen and experienced something I never have.
That is something.


"You still have such a thing? You are very childish, aren't you?"
This was the comment of my ex-bf when I just moved to an apartment when I started university, when he saw my soft toy.
Since I also was feeling that it may be childish to have a soft toy at that age, I remember I was quite embarrassed.
But still I didn't want to throw it away.


Today, I was looking at Hadrien's share files of google reader and saw this scene of Calvin and Hobbs.
It made my day.

I can't really remember since when but from at some point I started thinking about preparing so many things for my future child.
I am getting old.
(In a good way, of course!)

One day, I hope my child/ren, will play with my soft toy.
And one day I want to tell them this story of my granny and the crocodile.

*Appendix*
The real white crocodile and my white crocodile



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